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東京高等裁判所 平成2年(行コ)122号 判決

控訴人

江野澤知子

右訴訟代理人弁護士

青木一男

関根修一

田中成志

内藤賢一

被控訴人

東京税関

東京外郵出張所長

鈴木日出男

右指定代理人

伊藤一夫

外五名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が昭和六二年一〇月五日付けで控訴人に対してした控訴人宛ての外国郵便(郵便物の番号・〇五三六、郵便物の種類・航空小包)在中のナイフのうち原判決添付別紙記載の八本が銃砲刀剣類所持等取締法によって所持を禁止された刀剣類に該当する旨の通知(東関郵入第三一三二三六〇号)を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり加えるほかは、原判決の事実(「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」)の摘示と同じであるから、ここに引用する。

1  原判決三枚目表二行目の「本件の争点は、」の次に「①関税法七六条一項、四項の準用する同法七〇条一項、三項の『他の法令の規定により輸入に関して許可、承認等を必要とする郵便物』における許可、承認とは、輸入貿易管理令その他の法令に明記されている『輸入』についての許可、承認をいい、銃刀法四条の刀剣類の所持についての許可が輸入に関する許可に当たらないかどうか(控訴人の当審における新たな主張による争点)、②」を加える。

2  同三行目の次に、改行の上、次のとおり加える。

「三 証拠関係

本件訴訟記録中の原審における書証目録及び証人等目録並びに当審における書証目録の各記載を引用する。」

理由

一本件に関連する法制の内容及び当事者間に争いのない事実については、原判決二枚目表六行目から同二枚目裏末行までを引用する。

二争点①について

ところで、控訴人は、関税法七六条一項、四項の準用する同法七〇条一項、三項にいう許可、承認等は法令に明記されている「輸入」についての許可、承認等をいい、銃刀法四条所定の刀剣類の所持についての許可はそれに当たらないと主張する。しかし、関税法七六条一項、四項の準用する同法七〇条一項、三項にいう許可、承認等とは、他の法令の規定により郵便物の輸入に関して必要とされる許可、承認等をいい、他の法令により郵便物の輸入によって必然的に生じる国内におけるその所持に必要とされる許可、承認等を含むと解されるから、銃刀法四条所定の刀剣類の所持の許可は、関税法七六条一項、四項の準用する同法七〇条一項、三項にいう許可に当たるというべきである。したがって、控訴人の右主張は理由がないといわなければならない。

三争点②の銃刀法二条二項の「あいくち」の意義について

被控訴人は、本件ナイフは同条項の「あいくち」に当たる旨主張する。

同条項にいう「あいくち」とは、社会通念上あいくちの類型に当てはまる形態・実質を備える刃物を指称するものと解すべきである(最高裁判所昭和二九年(あ)第九四〇号、同三一年四月一〇日第三小法廷判決、刑集一〇巻四号五二〇頁参照)。そして、社会通念上あいくちの類型に当てはまる形態・実質を備える刃物とは、隠密に携帯しやすいように、つばのない柄を装着して柄口とさや口が合うようないわゆる合口(あいくち)かまえの短い刀又は剣をいうと観念されている。

四争点②の本件ナイフが銃刀法二条二項の「あいくち」に当たるかどうかについて

以上の観点に立って、本件ナイフが同条項にいう「あいくち」に当たるかどうかを検討する。

1  〈書証番号略〉、原審証人アンシ・パーウォラの証言、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

本件ナイフは、いずれもフィンランド国のジェイ・マルティニー ナイフ社の製品である。そして、いずれもかんば材等で作られた柄が装着されているが、つば(ヒルト)がなく、刃体が刃渡り・八センチメートル超、一五センチメートル未満で、かつ、刃幅・1.5センチメートル超ないし刃厚・2.5ミリメートル超の、マグネシウムを含有する特殊なステンレス・クローム鋼材(クロームの含有量一三ないし一四パーセント)でできている。切先は鋭利にとがっており、いわゆる刃まちと切先との間は真ん中付近から切先に向かってだ円(長円)状に曲り、原判決添付別紙(以下「別紙」という。)記載(1)及び(4)の三本は真ん中から切先に向かう一部分の刃幅が広くなっている。いわゆる峰まち(棟まち)と切先との間はまっすぐかほぼまっすぐで、別紙記載(2)、(3)、(5)及び(6)の五本は切先付近の峰部分がわずかに削り落されているが、全体的には片刃といってよく、その他の三本は片刃そのものである。その上、本件ナイフにはさやが付いている。別紙記載(1)の二本のナイフ、同(2)の一本のナイフ及び同(4)の一本のナイフは、いずれもラップナイフと呼ばれるものであって、フィンランドの北極地方の原始的な武器・道具として使われていたものが改良されたものであり、その他のナイフも人を殺傷する機能を有する。

以上の事実を認めることができる。以上の事実によれば、本件ナイフは、さやの付いている、つばのない柄を装着した短い刀であるということはできる。

2 しかしながら、前記の社会通念によるあいくちの概念からすれば、当該刃物があいくちに当たるかどうかは、刃体及びつばのない柄だけでなく、それらとさやとを一体としたものとしてあいくちの類型に当てはまる形態・実質を備えているかどうかを判断すべきものと解されるところ、〈書証番号略〉、前記証言、前記本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

ジェイ・マルティニー ナイフ社は、本件ナイフを刃体及びつばのない柄と牛革製のさやとを一体になるものとして製作しており、控訴人は、フィンランド国を旅行中、刃体及びつばのない柄とさやとが一体のものとして販売されていた本件ナイフがすぐれたデザインにより装飾されていることに着目し、これらを家族、知人等へのみやげにするために購入したものである。

ところで、本件ナイフは、いずれもその柄口とさや口が合うようにはできておらず、刃体全部及びつばのない柄の大部分が刃体及び柄よりやや大振りのさやの中にすっぽりと納まるようになっており、また懐等に隠し持つのに便利な形態にはなっておらず(さやを装着したまま懐にいれると、さやの大振りなこと及び形状からしてかえって携帯に不便を来たすものと思われる。)、さやに皮ひも等を通す輪状の皮帯あるいは鎖の輪等を通す穴及び皮ひも等を通す切口のある皮革製の耳あるいは金属性のホルダー様のものが付いていて、ベルト、鎖、腰紐等に吊るして携行する形態になっている上、さやの内側はプラスチィク製のスリーブ(管)になっている。

さらに、別紙記載(3)のナイフは、ペレグリンと呼ばれるもので、狩猟等のスポーツ用のナイフであり、同(5)のナイフは、リンクスと呼ばれているもので、皮剥ぎ、カッテング等のスポーツ用にも彫塑用にもなるナイフであり、同(6)のナイフは、ホースエンドと呼ばれているもので、魚の解体に使われるナイフである。ラップナイフも、現在では木を削ったり、狩りの獲物を解体したりする屋外活動用の一般的なナイフになっている。本件ナイフのさやにはいずれにも型押しのトナカイ等の動物や屋外風景等あるいは紋様等の模様が入っており、別紙記載(1)及び(4)のナイフの刃体表面には動物等の彫刻が施してあって、本件ナイフは、生活実用品であると同時に工芸品でもある。したがって、本件ナイフは、携行している時には人に見られることを念頭において製作されているということができる。本件ナイフの全般的な形状を一口でいうと、ナイフ(西洋式の小刀)状の刃物である。そして、本件ナイフと形態・実質において類似するアメリカ合衆国、スウェーデン国等やわが国で製作されたナイフがわが国のデパート等で普通に販売されている。

以上の事実を認めることができる。右の事実によれば、本件ナイフは、柄口とさや口が合うようないわゆる合口かまえのものではないし、まして、穏密に携帯するものとして製作されたものでもないということができる。

3 以上の事実を総合すると、本件ナイフは、社会通念上あいくちの類型に当てはまる形態・実質を備える刃物ということができないから、携帯が原則として禁止されている刃物(銃刀法二二条本文、同法施行規則一七条)ではあっても、同法二条二項にいう「あいくち」には当たらないというべく、また同条項のその他の刀剣類にも当たらないことが明らかである。

したがって、被控訴人の前記主張は理由がない。

五そうだとすると、控訴人宛ての外国郵便物在中の本件ナイフを銃刀法によって所持を禁止された刀剣類に当たるとした本件通知は、違法であり、取消しを免れない。

六以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから、本件控訴は理由がある。よって、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八六条により原判決を取り消して控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山下薫 裁判官並木茂 裁判官中村直文)

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